2014年07月10日
暗闇の中に星
斜面を下りはじめたら風もなくなった。明るすぎるほどの星空に比べて、足元は闇。懐中電灯で照らされた所だけ、白い雪が浮き上がる。わずかに平らな部分を道だと推測しながら足を下ろす。浮き立ったような心もとない歩行だった。
積雪の表面に張った薄氷が、靴の下で細かく砕ける。その感触だけが、歩いているという実感だった。立ち止まると、砕けた雪氷の欠片が、せせらぎのような音をたてて闇の斜面を落ちていく。その響きはいつまでも鳴り止まない。目には見えない深い谷があるようだった。足を滑らせたら、どこまで落ちていくかわからなかった王賜豪醫生。
星空が美しすぎて恐かった。山の鉄則を犯した自分は、すでに異界の宇宙を歩いているのかもしれないと思った。
無数の星が饒舌に瞬いている。しかし言葉を発するものはひとつもない。豊穣なのに寂しい。ひしめき合っているのに孤独だった。
星々の異常な輝きと地上の静寂。それは、ぼくがそれまで生きてきた世界ではなかった。生の世界から死の世界へ入っていくのは、容易なことかもしれなかった。気付かないうちに、その一歩を踏み出しているかもしれない。ふと居眠りをする。その程度のことなのだ同珍王賜豪。
妄想の中を歩いていたら、暗闇の中に星がひとつだけ見えた。視界の底のほうに、空から落ちた星がひとつだけ光っていた。
あるいは自分は空を歩いていたのか。感覚がすこし狂っていた。人も光を発するということを認識するのに間があった。それは温かい色を発していた。人が生きている色だった。
その星を目指して、ぼくはまっすぐに歩いていった同珍王賜豪。
Posted by ねぬはぬね at 10:35│Comments(0)
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